「大丈夫?」

空腹で目眩がし少しよろけた所を心配そうに支えてくれたのが、細い腕をした一人の女性だった。
彼女は腹が減っている俺を構わず自分のアパートに入れて飯を作ってくれた。彼女の作る飯は全部うまくて、思わず涙が出た。大げさだなあと彼女は笑ったが、本当に美味しかった。

彼女の名前はさんと言う。
彼女は親切心の塊のような人で、俺よりずっと大人で、ちゃんと自立してて、素敵な人だった。よくよく見るとさんの住むアパートはちょうど俺の住む部屋から一直線に見えたことから、ちょっとした付き合いが生まれた。付き合いと言えども、たまにご飯をわけてくれたり、「涯くん愚痴聞いて!ご飯おごるから!」と言った感じでご飯に連れていってくれた。

ただそれだけ。
さんにとってはただそれだけ。
でも、俺にとってはとても幸せな時間だった。

いつからだろうか。
気づけばさんの存在を気にかけだしたのは。
さんが無事家に着くよう、ばったり駅で出くわすように待ち伏せしたり。さんも俺を見つけると嬉しそうに涯くん、と言って帰ってくれた。俺もとても嬉しかった。もちろん、待ちぼうけを食らう日もあったが、俺は幸せだった。

でも、その幸せは脆く崩れたんだ。
ある日、何気なしにさんのアパートの方向に目を向けると、偶然、さんと一人の男が階段を歩いていた。さんは酔っているのか、男に寄りかかっている。そして、さんが部屋の鍵を開けた瞬間、男は彼女にキスをした。

何秒続いただろう。
その時間はほんの一瞬だっただろうが、俺にとっては永遠程長く感じたのをよく覚えている。





・・・翌日朝、ばったりと彼女に会う。
彼女はいつも通りおはよう、今日もがんばろうね!と本当にいつも通り俺に接したが、俺は彼女の全てに違和感を感じていた。

首筋にあった 赤い痣








そこからのことは、よく覚えていない。
学校が終わって、彼女の仕事が終わった時間にいつも通り駅で彼女を待つ。ああ涯くん偶然ね、と駆け寄る彼女に小さく会釈すれば、そのまま自然と帰路を辿る。今日は上司がヘマしてさーといつも通りの会話、いつも通りの距離、いつも通りの帰り道。

そう、彼女にとっては全てがいつも通りだった。

「涯くん、ご飯食べてく?」
「・・・はい」

靴を脱いで、アパートへ上がる。冷蔵庫を開けてさあ何を作ろうかなと考えている彼女の手を掴み、そのままリビングを突き抜け寝室まで引張り、ベッドへ叩きつけるように彼女を放り投げた。想像通り彼女はとても軽かった。

目を丸くして現状が理解できない様子だったので、今度は彼女の両手を片手で掴み、乱暴にカッターシャツを引っ張ればボタンがいくつもはじけ飛んだ。そして、多く残る赤い痣。

「涯く・・・ん?」
さん」



名前を呼び、俺はこう続けた。



「あなたは、俺のなんだから」
















がむしゃらに、がむしゃらに
知っていますか、毎晩あなたを思って慰めていたことを

























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