恋人のために仕事を休むなんて言語道断。
俺は仕事のために生きている、だからこそ彼女と会えない日も多かった。

"いいよ、大丈夫だよ、無理しないでね"

しかし、俺を気遣ってか、デートの誘いを断っても彼女は優しくそう言うだけだった。
だが、あの日は違ったんだ。あれは一週間前の話だ。

"あ、一条?あの、来週なんだけどさ"
"来週・・・二十五日か?"
"うん、夜だけでも会えないかな・・・って"
"無理だ、その日の晩は釘調整もあるから抜けられそうにない"
"・・・わかった。じゃあ、切るね"
"?おい、"

ぶちんと切られた電話。こんな事初めてだった。
それがどうも引っ掛かり、二十五日の今日は少しぼーっとする事が多く、それを気にしてか村上が釘調整をしている俺の肩を叩いた。

「店長、今日はいいですよ、俺があとやっておきますから」
「いや、しかし」
「今日はクリスマスですよ?店長もたまには恋人さんと過ごされては如何ですか」
「・・・」
「ほら、店長」
「ああ、・・・すまない」

強引に調整道具を奪った村上は、俺の背中を店長室の方向へ押した。
たまには甘えてみるか、と俺は足早に会社を出る。外に出ると、真冬の冷たい風が顔を冷やした。とりあえずあいつの家へ向かおうと足を向けた途中、時計屋が今店じまいをしようとシャッターを下ろす所が目に入る。

"ねえ一条、私この時計頑張ってお金貯めて買おうと思うんだ"

そう言ってガラスに張り付いてキラキラした目で時計を見ていたあいつを思い出した。

「あ、」

急いで店主を引き止め、俺はあいつが見ていた時計を指さし「これ、ください」と言えば、店主は「お兄さんよかったね、これ最後の一つだよ、プレゼントかい?」と閉店間際に押しかけたにも関わらず愛想よくそう言ってくれた。

丁寧にラッピングされた時計を片手に、あいつの家へ向かう。
どんな顔をするのだろう。喜ぶのか、もしあいつが先に時計を買ってしまっていたら、いや、いいんだ。俺がいつも仕事ばかりであいつと会う時間も取らず放っておいたんだ。仕方がない。 おかしいな、あいつの事ばかり考えるなんて。こんな時計まで買って。この寒い夜に。・・・あぁそうか、なんだ、俺はやっぱりあいつが好きなんだ。 何も言わずとも理解してくれて、些細な事でも笑って楽しそうに傍に居てくれるあいつが、ああ、なんでだろう。何故涙が出るのか。いや、今はとにかくあいつに会いたい。会ってすぐ抱きしめて、謝るんだ、ごめんって。

少しずつ駆け足になり、気づけば走ってあいつのアパートへ向かっていた。
数分走り、到着し、あいつの部屋のドアの前に立つがおかしい。灯りひとつついていない。

とりあえずチャイムを鳴らすが返事もない。

「留守・・・?」

少しずつ嫌な予感が俺を襲う。慌てて携帯を取り出し、あいつの携帯にかける。何度も何度も呼び出しするが、一向に出ない。

アパートのドアを背に、ゆるゆると座り込む。
冷え切った床は俺の体温をどんどん奪う。でも渡さなくちゃいけない。この時計を。謝らなくちゃいけない。

ずっと一人にして悪かった って。









でも、あいつは帰ってくることはなかった。
何時間も待っても、あいつがこの家に戻ることはなかった。














愛したものすべてが灰になった朝
朝、俺の前に現れたは いつもと少し違う匂いがした

























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