彼女は黙々と綴る。
真っ白な紙に、綺麗な字で。紙は死装束のように白いが、ペンのインクは生命が宿ったようにはっきりと鮮やかであった。 "拝啓今は無き身体、魂。其れ等が有ったが為に命は散るのです。人は生まれ落ちた瞬間に感情を持ち、泣き叫び存在を証明します。後々それは空腹であったり感動であったり様々であるが、私はその生命に必ず付属されるものの所為で散ったと言っても過言ではない。あゝ愛する人よ。貴方は最後まで私を愛してはくれなかった。いや、私も貴方も互いに愛していたのに、人生が、世間がそれを許さない。でも、せめて貴方が私を愛していると言ってくれたとさえすれば、私は未だ此処に在り続けていたでしょう。しかしそれも戯言。結局消えゆくこの命。母に、父に感謝し、遂げられないこの人生に謝罪をし、この手紙を書き終えます。" 最後にしっかりと封をし、彼女は屋上へ駆け上がった。迷いなどない。まるで人生を謳歌しきった表情。そして飛んだ。彼に別れなど告げずに、ただ赴くまま飛んだ。さあ、地面に着くまで、何度彼の名前を叫べるだろう。

「だいすき、-----さん」


名前は都心の騒音にかき消されて誰にも聞こえず彼女は散った。



小説の一文だ。
恋愛小説の結末。ベストセラーを受賞した執筆者はまさかの自殺。ワイドショーは最近この話題でもちきりだ。裏には暴力団が絡み、そいつらに殺された、暴力団から逃れるため自ら命を絶った、などあることないこと騒がれているが、当の本人はこの世にいない。死人に口なし。

そんな小説を片手に墓の前で佇む俺がいる。
俺には愛した女がいた。えらく若い気丈な女だ。小説家を目指し、日々活字を読んでいたあいつと出会ったのはいつだったか。ああ、そうだ。最初は冗談だと思ったさ。確実に近づいてはならない雰囲気が漂う俺に、気さくにこんにちはと挨拶をしてきたのだ。堅気の世界には居られない俺ら。だが俺が唯一贔屓にして通っていたのがとあるコーヒーショップ。通うと行っても本当にたまにだ。たまに一杯飲んで真っ黒な車で去っていく。正直店の印象は悪いだろう。ヤクザが通う店なんてレッテルを貼られては客足も遠のく。だからこそたまに、本当にたまに足を運ぶ。しかしそこで働いていたあいつは、俺に声をかけてきた。こんにちは、お久しぶりですね。いつも私が淹れてるコーヒーのお味はどうですか。驚愕した。そんな中ああうまい、とぶっきらぼうに答えるとあいつは花のように笑った。

俺が裏の人間だとわかっていながらもあいつは俺に声をかけ続けた。何故と聞いたことがあるが、あいつはただあなたは優しい人よと笑った。年の離れた女にしては妙に大人びていた。そこが好きだった。時折見せる憂いを帯びた瞳が堪らなかった。だが、俺とお前は生きる世界が違うのだ。だから俺は自然と距離をとった。小説家になる夢だってこいつならいつかやり遂げる。作品を一度読んだが才能もある。未来がある人間に対して俺が傍にいては意味がない。あいつが俺を愛していた事は知っていたが、だからこそ俺は愛さなかった。いや、愛したかったが愛せなかった。これが精一杯の愛だと思っていた。

「克美さんはずるいや」

最期にあいつはそう言って悲しそうに笑ってたな。ああ、何やら俺まで小説みてえな口ぶりだ。なあ、俺は間違ってたんだな。俺はお前を愛していた。でもお前をこの世界に引き込みたくなかったんだ。なあ、俺はやっぱり間違っていたのか?

、ずるいのはお前だ」


永遠にお前を忘れられず触れることすらできねえなんて、こんなずるいことはねえよな。



















人生は巡り 君は眠る
懺悔と後悔の涙は サングラスの奥で静かに流れる

























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