「しげるさんと一緒に寝ると、落ち着くんです」

あれから何度彼女と夜を過ごしたのだろう。
セックスもしない、ただ飯を食って添い寝するだけ。そんな日が続いたが、俺もそれで都合がよかったし、彼女も漸くそれに慣れて、徐々によく話してくれるようになった。ホテルの一室で、俺は酒を、彼女はお茶を飲みながら過ごしていた。

「初めて一緒に寝た日も、なんだかすごく落ち着いたんです」
「そうか」

そう言えば、は嬉しそうにほほ笑んだ。・・・あの雨の日にずぶ濡れで俺を見た瞳と今の瞳は全く違う。よくもここまで懐いてくれたもんだと彼女を見ながら思うと、急に彼女は俯いた。

「このまま、ずっとしげるさんと一緒にいたい」

その言葉はとても小さくて、聞き取れず俺は何か言ったか?と聞き返したが、すぐに彼女は何でもないです、と言い、俺の横に座って肩に凭れて擦り寄った。





それから数日、と顔を合わせることはなかった。
学校が忙しくなったとか、両親にバレただとか、事情は様々だろう。俺自身この辺りにもう用が無くなった為、少し寂しいがお別れかな、とそう思っていた時。ピリリと携帯電話が鳴った。組の連中が無理矢理持たせたそれには「公衆電話」と表示があった。

「もしもし」

少し嫌な予感がした。
電話に出ると、無音が数秒続き、その後本当に弱い声で「しげるさん」と聞こえた。

か?」

確かに携帯番号を伝えてはいたが、電話をかけてくるのは初めてだ。しかも、電話越しの彼女はとても弱っている気がする。時間も遅い、深夜一時を過ぎている。

「どうした、何かあったのか?」
「しげるさ、ん、わたし、しげるさんに、」

呼吸も荒い。俺は久しぶりに胸の奥がぞわぞわと真っ黒いものに染まるような嫌な気持ちでいっぱいになった。

「今何処にいる」
「○×公園、横の、でも、だいじょうぶです」
「大丈夫じゃねえだろ、すぐ行くから」
「しげるさん」

近くにいた黒服に声をかけタクシーを出してもらおうとした瞬間、電話から本当に小さな声でこう彼女は言った。

「だいすきです」

タクシーはすぐ捕まり、その公園にも十分程で到着した。急いで公衆電話を探す。誰もいない静まり返った公園の横、小さな個室。その中で電話機に凭れかかり項垂れるがいた。

・・・!」

近づけば見える、彼女から流れる血。頭から、腹から。ドアを開き彼女を抱きかかえると、雄の精の臭いもした。

「おまえ、どうして」
「・・・ずっと、いえなくて、おとうさん、ずっと、暴力」
「暴力どころじゃねえだろ・・・!」

ふと脳裏に過る、出会った当初の彼女の裸体の傷。彼女の血で染まる俺の白いスーツ。

「待ってろ、すぐ病院に」
「しげる、さん」

さっきのタクシーを引き留めておけばよかったと思いながら彼女を抱きかかえ、電話ボックスから出ようとすると、が俺のスーツの裾を引っ張った。

「わたし、しげるさんといたとき、しあわせって、こういうのだって、おもって」
「わかった、わかったからもうしゃべるな」
「セックス、しなくても、いっしょに、いるだけで、しあわせで」

出血性だろう、引きつけを起こしてきた。まずい。俺は慌ててボックスを出て、辺りを見渡すがここは住宅街だ、タクシーどころか人もいない。

「さみしいときも、こわいときも、しげるさん、おもいだして」

携帯を取り出し、とりあえずさっきまで近くにいた黒服を呼び出す。

「俺だ、すぐにさっき言っていた場所まで来てくれ、至急だ」
「しげるさん、しげるさん、最期にひとつ、きいて」

ダラダラ流れる血。ぼろぼろ涙を流しながら、裾を握る彼女。
血の気が引いて真っ青になってゆく姿を見て、とてつもなく悲しい気持ちになった。

「おう、なんだ、言ってみろ」
「・・・キス、してほしい、です」

本当に可愛らしい奴だ。
きっと酷い父親だったのだろう。学費も払わず酒に溺れ嫁に愛想尽かされ娘に暴力を振るい、性欲処理までし、抗う姿にカッとなって殴り、ナイフで刺した。ああ、安易に想像できてしまう。 そんな父親から懸命に逃げて、俺に助けを求めたんだよな。毎日だって金がねえ限り生活ができない。アルバイトでも賄えない。だから身体を売る。本当は知らない男とセックスなんてしたくなかったろう。 だって、今こうして純粋な顔で、好きな男にキスを強請るんだ、そうだよな。

「ああ・・・いいぜ」

優しくくちづけした唇はとても冷たく、その瞬間するりと彼女の右手が俺の裾を放した。





















仰せのままに、愛しの君
何故この子がこんな運命に逢わなくてはならないのかと、神を呪った

























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